お盆の前の夜のことです。
眠れぬまま、家を出て私は浜へおりました。真っ黒な海は静まり返って不気味なほど凪いでいました。浜に並んだ小舟の縁に腰をおろして、その静寂に浸っているうちに、うとうとと寝入ってしまいました。
静かなときが流れたと思いますが、海の方向で人声がするので眼を覚ますと、磯辺に大きな船が着いているのです。船には多くの人が乗っている様子でした。
私は小舟の中に身をひそめて、その大きな船からどんな人達が現れるだろうかと、目を凝らして見つめていました。真っ暗なので顔や姿をよく見極めることが出来ませんが、船から降りた人たちは町の方向に行ったのです。
お盆の前の夜には、海で死んだ人達の霊が浮かび上がって家に帰って来ると、ある老人から聞いたことを思い出しました。この船のことを云うのではないだろうか、ふとそう思いました。
各家では精霊をお迎えする準備が出来ている。一年に一度、あの世から現世へかえる人々はどんなにか、嬉しかろう。この世は夢か幻か、浄土の国から、遥々船を仕立てて、かっての我が家にひと時を寛ぎ、また弥陀のもとに帰っていく精霊。私はその霊が乗ってきた、幻の船を見たのです。
夢から覚めたようにひっそりと静まり返る深夜の砂浜には、ひたひたと磯をかきなでる波の音だけが耳に残っていました。磯辺には船の姿はもう見られませんでした。海の彼方から遥々とやって来た船。間もなく東の空が白み、夜が明けるだろう。私は海に向かって両手を合わせ、いつまでも冥福を祈りました。私だけが見た、幻の船、今も心の底に残っています。 (古老の話より) |