「おけさ源流の地」記念碑の建立を機に、「出雲崎おけさ」を更に全国に広め親しんで貰う為、昔より連綿と唄い継がれている大きな流れを調整し、より唄いやすい「おけさ」創りを進めてもらいたい…。という気運の元で、出雲崎おけさ推進会議(会長・戸川巌観光協会長)が発足され、その推進方法について検討が行われてきました。
 昭和61年3月の初委員会開催以来、民謡諸団体など関係者18人を委員に依嘱し、その具体的な推進方策を進めてきました。
 またアドバイザー役として尼瀬出身・横浜市在住の民謡研究家・小林順一さんも度々来町し、会議に参加、技術的な面で助言を頂きました。
 やがて三味線の普及用譜面が出来上がり、長岡BSNスタジオでこの譜面を基に、おけさ保存会が笛・太鼓、 民謡協会が唄・はやし・鉦、 秀和会が三味線を、それぞれ担当されて、此処に完成したものであります。
 このテープを基に今後も推進PRを進めていきたいと思いますので、宜しくお願いします。特に若い人達に色々な場で、よりレパートリーを広くして 「出雲崎おけさ」 に触れ親しんでもらう事が大きなテーマで有ります。
は ね お け さ 新潟県
 ●ハァー ヨシタ  ヨシタ  ヨシタナー
     おけさ ハー  ヨシタナー
        おけさ おけさと 数々あれどョ
             ハァー ヨシタ  ヨシタ  ヨシタナー
                昔ながらの ソーレ(ハイ) はねおけさ
                    ハァー ヨシタ  ヨシタ  ヨシタナー
                        ヨシタ  ヨシタ  ヨシタナー
 ●父様 ハ ヨシタナー
    父様 どこへ 行きやる
       チョイト 小鎌を腰にさし (ドシタ)
         荷縄に バンドリ めんぱに かてめし
            ぱちり つめ込み (イヤ)
               親の代から三代伝わる (コレ)
                  きりの木 ずんぎり ブラブラと さげてヨ
                    ハァー ヨシタ ヨシタ ヨシタナー
                       孫子はらむな 私しゃ 馬の飼い葉の ソーレ
                          (ハイ)草刈に
                              ハァー ヨシタ ヨシタ ヨシタナー
 ●おーい おーい おーいと後から招く (オーッコ)
     もしも誰やと 後ろ見てみれば (オヤ)
          阿難尊者か もくれん尊者 (イヤ)
             それに続いて横丁の円明院(えんめいいん)さん (ホレ)
                横目でにらんだ おおツコ たまげた 
                  身の毛が よだつ (ハイ)
                     身の毛どころか ソーレ 浮かれだす
                               ハァー ヨシタ ヨシタ ヨシタナー
 ●竹の ハ ヨシタナ
      竹の小口に スコタンコタント
           なみなみ たっぷり たまりし 清水はヨ
              ハァーヨシタ ヨシタ ヨシタナー
                  すまず にごらず ソーレ (ハイ)  出ず入らず
                       ハァー ヨシタ ヨシタ ヨシタナー
                                 ヨシタ ヨシタ ヨシタナー
海 の 出 雲 崎 昭和44年 萩野恒尾(作詞)  木内喜九男(作曲)
    平成5年10月 小林順一(編曲)
 (一) 潮のかおりと かもめの唄で
       明けりゃ 港に船が 船がつく
          浦は大漁の 旗のなみ さて
             はずむ 若さで 魚で シャントネ
                いきが よいよい いきが よいよい 出雲崎

 (二) 天の河原が 佐渡へと かかりゃ
      おけさばやしで 夜も更けて
         恋もそだつか 良寛堂 さて
             若い仲間は 魚で シャントネ
                 いきが よいよい いきが よいよい 出雲崎

 (三) 小城の 城山 よい男ぶり
       もえて 色ます 赤坂の
          乙女つつじが 身を こがす さて
              花よ 若さは 魚で シャントネ
                  いきが よいよい いきが よいよい 出雲崎

 (四) おらが在所で 自慢の ものは
       取れた魚の そのうまさ
           孝女、由利(ゆり)に  良寛堂  石油公園で  これ又 シャントネ
                 いきが よいよい いきが よいよい 出雲崎

 (五) 今じゃ 天下の 良寛さまも 
        昔しゃ 行脚の 草枕
             破れ衣と 鉄鉢で さて
                 いきが よいよい いきが よいよい 出雲崎

 (六) 冬の寒さで庵の中で
        天上大風  いろは 文字
            鍋ぶた らくがん 詩(うた)を読む さて
                外は 雪空 心は シャントネ
                   いきが よいよい いきが よいよい 出雲崎
   (四・五・六)は小林順一作詞  「海の出雲崎」はオーケストラのものを、小林順一が民謡調に編曲したものです。  
良 寛 音 頭 昭和44年 萩野恒尾(作詞)  木内喜九男(作曲)
    平成5年10月 小林順一(編曲)
 (一) おらが 仲間の 良寛さまは
           春の日長を てんてまり
                里の子供と かくれんぼ
                      ジャンケンポン で それ 又 あした

 (二) 明けの からすで 良寛さまは
           わらの 中から 出て ござる
                ねぼけ鬼さん お早うさん
                      ジャンケンポン で それ 又 あした

 (三) おどれ おどれよ 良寛音頭
          しなのよい娘(こ)の あで浴衣(ゆかた)
                とって みしょかよ  あみ笠を
                      ジャンケンポン で それ 又 あした

 (四) 国上山(くがみやま)の 五合の庵
          床の下から 竹の子が
                ちょいと 良寛さん 今日は
                       ジャンケンポン で それ 又 あした

 (五) 夏の雷雨で 良寛さまは
          石の地蔵さんに 笠を借り
                二人仲良く 雨宿り
                        ジャンケンポン で それ 又 あした

 (六) おさな 栄蔵は 岩の上
          日暮れ 忘れて しょんぼりと
                 平目に なるかと 時を 待つ
                         ジャンケンポン で それ 又 あした
     (四・五・六)は小林順一作詞  「良寛音頭」はオーケストラのものを、小林順一が民謡調に編曲したものです。