出雲崎編年史A
神代 出雲崎の神話と名称の由来
出雲崎編年史E
文政七年〜安政元年
出雲崎編年史H
明治九年〜明治二十八年
出雲崎編年史B
紀元150年代(前510)〜天正元年
大風巨涛
三条大地震
良寛上人罹病、良寛上人遷化
大前田栄五郎、島破り出雲崎に渡る
吉田松陰来たり塩太に滞留
油田地調査
讃岐船、港口暗礁に触れ破船
明治天皇、出雲崎行在所御着輦
長岡石油会社試掘願い出る
加藤直重石油鉱井景況届出
内藤久寛石油鑿井に苦心す
北陽舎鑿井許可さる
北陽舎五号井の大噴油
日本石油会社設立
尼瀬に於ける手堀の全盛
尼瀬油田殷賑絶頂に達す
忍海王陵墓の伝説
源義経、出雲崎の沖合いを遁る
音羽の前、お袈裟を冠って踊る
長尾為景、尼瀬に戦う
石地村に甚句歌生まる
出雲崎編年史C
天正四年〜天文元年
出雲崎編年史F
安政元年〜慶応四年
出雲崎編年史I
明治二十八年〜大正元年
出雲崎御水帳作成さる
上杉景勝、多聞寺に白願書与ふ
上杉景勝、佐渡へ出陣
山本新左衛門、御舟歌三首作る
芭蕉翁、来泊「奥の細道」
堀部安兵衛、伊勢町に仮寓す
佐渡運上金銀渡海往来
鳥井權之助に軍艦建造を唆す
越後大洪水、悪疫猛烈流行
怪星、顕はる
雪、降らず
長州征伐献金者褒章さる
諸式高値、悪疫流行
天下の風雲愈愈急也
水戸浪人歩兵、出雲崎を本陣とす
代官所役人、水戸勢当地引き払う
幕艦「順動丸」撃沈さる
長岡藩降伏使、出雲崎に来る
石油噴出やや減退す
霖雨、山崩れ各所に夥し
尼瀬油田大いに衰う
日本石油会社柏崎に移転す
新津恒吉、製油所を新津に移す
新潟県知事両町合併を諮問さる
尼瀬合併反対を県知事に申し開き
出雲崎尋常小学校新築落成
尼瀬、出雲崎合併「出雲崎町」と称す
鳥井儀資氏、新出雲崎町長に当選
温暖異変、一月降雪なし
合併後の出雲崎現勢
越後鉄道施設計画発表さる
町会議員選挙に両町またまた衝突
森正隆新潟県知事、港湾視察に来町
明治天皇陛下崩御遊ばさる
越後鉄道「出雲崎停車場」開通
出雲崎編年史D
寛保二年〜文政三年
出雲崎編年史G
慶応四年〜明治九年
孝女由利行状嘉称さる
以南、橘屋を継ぎ名主役となる
佐渡御用船難破
良寛上人、五合庵に入る
十辺舎一九、来る
長州海軍、盛んに活動
長岡藩再落城、官軍一挙に新潟を奪う
戊辰余談・官軍進出後の出雲崎
順徳天皇の御神霊、奉迎準備整ふ
井之鼻学校新築